名古屋地方裁判所 昭和24年(ワ)1号 判決
原告 小幡なか
被告 安部長太郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の家屋を明渡すべし訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は別紙目録記載の家屋の所有者であるが実質上これを支配した実弟の小山義與が昭和十八年十月二日に出征したので留守中の管理のため同年十月一日に被告に対しこれを家賃毎月金五十円(昭和二十一年四月に金百二十五円に値上げした)前月末拂の約束で賃貸した、右賃貸に際しては小川義與の復員する時を期限とし被告も一時的入住なることを言明してその期限を快諾し被告の知人の長谷川正博を保証人とした、然るに昭和二十一年六月十三日に小川義與が復員したので同人をして同月下旬に被告に対しその復員の事を告げ右家屋の明渡を請求せしめたのを始めとしその後保証人その他を介し度々請求せしめたが被告はこれに應じないから本訴に及ぶと述べ、被告の抗弁事実を否認し、本件家屋は以前は小川義與が使用したものである、同人は母と満洲からの引揚者と同居し現住居においては営業不能であるので同人に対しその営業のため本件家屋を賃貸する心算であると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として本件家屋が原告の所有であること、被告が昭和十八年十月原告から右家屋を家賃一ケ月金五十円の約束で賃借したこと、家賃を値上げしたこと、小川義與が昭和二十一年六月十三日復員したことは認めるが原告主張のその余の事実は総べて否認する。元來被告は單身長久手村に仮寓して居たが仕事が落付いて來たので瀬戸市において家族を引き寄せて永住する積りで適当な住宅を物色中丁度本件家屋が空いて居つて二階は随分荒れては居るが手を入れゝば東京の方には恰好の家だとの話があつて原告からこれを賃借するに至つたものであり当時原告は良い方に借りて貰つたとて非常に喜こんで居たしなおどうか永く居つて下さいとまで申して居たのであつて賃借に際し期限を定めたとか小川義與が復員するまでの一時的入住と云つたようなことは全然ない、本件家屋は古くから貸家となつて居た家であり昭和九年から同十三年までは瀬戸市長が、その後は郵便局長、陶生病院武井医師等が引続き住まつて居たもので原告や小川義與等が使用して居らず殊に小川義與は現住所である同市陶生町六丁目八番地で立派に営業して居たのであるから同人が出征するため一時貸家にするとか復員すればその家が入用であると云うことは全然無関係である、又戰爭が愈々激しさを加え應召する者が非常に多く誰も死を決し出征した当時においてわが国が無條件降伏をしその後出征軍人が帰還するようなことは何人も予想しなかつたところであり後日偶然生じたに過ぎないことであつて本件賃貸借に当りそんな事実を條件にする筈もない、かりに原告主張の如く小川義與が復員する時までとの約束があつたとしても應召軍人が復員するまでと云うようなことは借家法第二條の規定からしても期限を定めて賃貸したものとは云い得ないものである、原告はさきに本件家屋の隣合わせの家を原告から貸借していた山田仁三郎に対し自ら家屋を使用する必要に迫られて居るとか或は本件同様小川義與が復員のとき明けて貰う筈であつたとか云つて明渡訴訟を提起し係爭中であつたが殊の外訴訟爭いを嫌う山田仁三郎は何等の條件も付せず調停で明渡を承諾しその家を明渡して了つた事件がありそのため山田が随分悲歎の苦しみをしたのであつたが原告はその家を使用せず約二年も経た現在なお空家にしたまゝ抛つてある、原告は現在では他家に嫁しそちらに同棲して居るとのことであつて本件家屋が自ら使用するために入用である事情も全くないのである、然るに原告が被告に対し虚構の事実を主張し本件家屋の明渡請求をする理由は恐らく右山田に係る明渡請求が難なく成功したことで明渡請求を余程甘く見た結果であり本件家屋も別段入用ではないが山田の居住した前記家屋と一帶になつているためこれを全部空家にした上他え賣却せんとする考えではないかと思われる、現に原告はこの家は賣る積りである旨を口外した事実もあるのである、かように実際家屋の入用でないのに人の困ること泣くことを考えず唯自己だけが不当の利益を挙げるために明渡を求むるものであれば明らかに権利の濫用であり許すことのできないものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和十八年十月その所有にかゝる別紙目録記載の家屋を家賃一ケ月金五十円の約束で被告に賃貸したことは当事者間に爭なく証人長谷川正博、同小川義與の各証言及び原告本人訊問の結果によれば原告は家屋の事実上の支配者であり当時應召することになつていた実弟の小川義與が復員するまでこれを賃貸すべき旨を被告と特約したことを認めることができる。原告本人訊問の結果によれば小川義與は昭和十年頃から劇場経営のため本件家屋に居住せず他人にこれを賃貸していたことのあることが明白であるけれどもこの事実によつては被告主張の如く本件賃貸借が同人の復員と関係なく契約されたものとは認め難く前認定を左右するに足りない又被告主張の如く戰局が漸く進んだ当時においては應召軍人は死を決して軍務に就いたものであつて敗戰の結果復員することなぞは一般に予想せられなかつたであろうことはこれを首肯し得られるがこれによつても前認定を飜すには足りない。けだし必勝を念じ出征軍人が武運めでたく生還する日を期待されたことも否定し得ないところであつて復員を契約の附款とすることは必ずしもあり得べからざることではなかつたわけであるからである。証人阿部志づ子の証言及び原告本人訊問の結果中前認定に反する趣旨の部分は措信しない。
而して小川義與が昭和二十一年六月十三日復員したことは当事者間に爭なく小川証人の証言によれば同人は同年七月十四日被告に本件家屋の明渡を求めたことを認めるに十分である。しかし前記小川義與が復員するまで賃貸する旨の特約は同人の復員と云う將來の不確定乃至到來の時期の不確実な事実の成就乃至発生により賃貸借を終了せしめる趣旨のものと解せられるところ被告において臨時的な使用目的で本件家屋を賃借したことは看取せられないから本件賃貸借は所謂一時使用のため建物の賃貸借を爲したことが明かな場合に当るものとは認められないと共に該特約は期間の定めある建物の賃貸借が当事者の一方から期間満了前六月乃至一年内に相手方に対し一定の通知をしなければ期間満了の際当然更新せられるものとし期間の定めのないそれについては賃貸人の解約申入は六月前にこれを爲すことを要するものとする等借家人のためその権利の安定を保障した借家法第二條第三條の規定に反する特約であつて賃借人に不利なものであるからこれを爲さざるものと看做すべきである。從つて小川義與の復員のため本件賃貸借が前記特約により終了したものとし被告に本件家屋の明渡義務があるものとは認めることはできない。尤も小川義與の被告に対する前記明渡の請求は賃貸人である原告を代理し解約の申入をしたものとも解されるから正当の事由がある場合であるならば本件賃貸借はその六月後に終了したものと認め得べきである。よつてその正当性の有無を按ずるに被告本人訊問の結果によれば本件家屋には被告夫婦及び子供二人が引続き居住していることが認められるのに対し小川証人の証言及び原告本人訊問の結果によれば原告は他に嫁いでいるのであるが養女を瀬戸市陶本町六丁目八番地なる小川義與の現住居に入住せしめ前記の関係にある小川義與が本件家屋に移住しこれに隣接する空家を事務所としその横にある倉庫を利用して材木業を営まんがため本件家屋が必要であるとてその明渡を求むるものであることが認められ結局原告は單なる自己側の便益のため被告をその安住の家から退去せしめんとするものであつて前記特約のあつたことを併わせて考えても未だ本件賃貸借の解約を妥当ならしむる事情ありと認めるに足りないから前記解約の申入は正当の事由を欠くものとしてその効力を認めることができない。
以上の理由により原告の請求を理由なきものと認めるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條に從い主文の如く判決する。
(裁判官 竹田哲)